第三章 実態調査
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第一節 本章の概要
本章では「必要な情報をどのように住民に伝えていくか」というリサーチクエスチョンと「広報の工夫が必要である」という仮説を持って、実態調査を行うこととした。以下に実態調査の概要と調査結果、及びその結果に対する考察を記していくこととする。
第二節 実態調査の概要
Ⅰ. 目的
本調査では、実際に現場で行われている地域資源の活用の工夫をまとめ、人口減少社会における子育て支援の工夫を発想していくことを目的とする。
Ⅱ. 対象
本調査の対象は東京都A市区町村ファミリーサポートセンター(以下Aファミサポ)のアドバイザーであるAさん、アドバイザーを統括し広報を担当する役職のBさん、会員のCさん、元アドバイザーで、Aファミサポの立ち上げに関わった経験のあるDさんとした。
Ⅲ. 選定理由
今回数あるファミサポの中から何故対象をAファミサポに絞ったかと言うと、A市区町村の取り組みが第一章でも紹介した広井(2013)広井良典(2013)『人口減少社会という希望:コミュニティ経済の生成と地球倫理』朝日新聞出版(p.20).の文献の中で「GDPやGNPという“一元的な座標軸”から人々の意識や行動、『豊かさ』についてのイメージ、そして政策が解放されていく」方向に向けた“新しい風”として評価されていたためである 。そのA市区町村の取り組みにおける広報誌の中で、子育て支援の一つとしてファミサポが紹介されていたのである。
また対象者としてAさん、Bさん、Cさん、Dさんを選定した理由は、それぞれAファミサポから推薦があったためである。Cさんは援助を受けたい会員と援助を行いたい会員の両方の経験があるため、その両方の立場からの意見を聞いた。
Ⅳ. 倫理的配慮
倫理的配慮としては、事前に倫理的配慮の項目を書面と口頭で伝え、同意書により了解を得た。具体的には、インタビュー内容を卒業論文以外で使用しない今回のweb公開にあたっては、再度調査協力機関に許可をいただきました。ということ、調査結果の記録は個人を特定されないよう匿名で行うこと、答えられない質問には答えなくてもよいこと、逐語録や要約を卒業論文提出前に共有するということ、同意の取り消し依頼の手続きについて対象者に伝えた。また調査後は回答者に要約や逐語録を確認していただき、BさんとCさんからの修正を受け付けた。
Ⅴ. 方法
1. 依頼方法
Aファミサポに直接電話連絡をし、調査の依頼を行った。
2. 実施方法
半構造化面接法におけるインタビュー調査により実施した。
3. 分析方法
逐語録と要約を作成し、その内容を川喜多二郎(1967)川喜多二郎(1967)『発想法:創造性開発のために』中公新書.のKJ法を参考にした三段階の質的分析にて行った。
第三節 調査結果
調査項目の回答は4名(依頼者全員)から得て、インタビューはAさんとBさん、AさんとCさん、Dさん単独でそれぞれ1時間ずつ実施した。第一段階では101番までの小コードに、第二段階では28番までの中コードに、第三段階では9番までの大コードに分類できた。以下にその過程を示した表と合わせて、最後に抽出された9つの大コードをもとに調査結果を記述していくこととする。
Ⅰ. 広報の目的と工夫
Aファミサポの広報における目的は、「子育ての支え合いのサイクル」を構築することである。そのために区報、社協だより、HP、Facebook、祭り等で配るチラシ、掲示板、図書館等の広報で、まずは利用会員を増やすことを目指している。
また利用会員と協力会員の両方の経験があるCさんによると、利用会員になった理由は「民間のベビーシッターより、地域の方の方が安心できた」、協力会員になった理由は「自分のときに助かったから、その恩返しがしたい」等であった。
なお大学生の参加に関しては、時間の都合がハードルになる様子であった。
Ⅱ. 主な相談の種類と形態
相談内容は料金の支払いに関する相談が多く、他アレルギーを持つ子供の相談等もある。利用会員の相談はほぼ依頼となる。また相談の形態は電話が一番多く、他窓口での対応となり、ファミサポの開業時間帯に話をする形になる。
Ⅲ. 個別的な支援の必要性
Aファミサポの介入に関して、アドバイザー側は「不安なことがあれば仲介に入る」、「仕事ではなく気持ちでやってもらっていることなので、その気持ちが沈んでしまうのは避けたい」との見解を示し、これに対して協力会員は「利用会員と協力会員で話し合い、わかりあえるのがベストだと思う」、「不安なことがあれば、直接話して欲しい」との意見を示した。会員によって受け止め方が異なることから、個別的な支援が必要となるようである。
Ⅳ. 子育てのギャップとその対応
協力会員が活動する際、昔と今の子育てのギャップに出会うこともある。何故ならAファミサポの協力会員の多くは子育てが終わった世代だからである。また利用会員には子どもを預けている立場から「言いたいことが言えない」という心情が現れることもある。
その上で協力会員としては「一緒に過ごした時間を報告する」、「自分のしてきた子育てを活かしながら、利用会員とコミュニケーションを取る」、アドバイザーとしては「やんわりと伝えるべきことは伝える」、「言いやすい雰囲気を作りつつ、できない場面ははっきりと説明を行えるようにする」等の工夫がなされている。
Ⅴ. マッチングと活動報告書
Aファミサポのアドバイザーが最も力を入れている介入のポイントは、活動前の打ち合わせの時点である。これはマッチングと呼ばれている。Aファミサポでは、「マッチングをしっかり行うことが会員の安心、安全につながる」、「連携の上でも、最初の打ち合わせが肝心」と考えられている。
また現場の状況や会員の意見を拾うツールとして、活動報告書という簡易記録もある。これは領収書代わりにもなり、月に一度協力会員がこれをAファミサポに届けに来ることから、協力会員への声掛けのきっかけにもなる。会員が直接にはアドバイザーに伝えにくい意見も、活動報告書から拾うことで把握をするよう努めている様子であった。
Ⅵ. 子ども家庭への配慮
Aファミサポのアドバイザーは、協力会員と利用会員の関係だけでなく、協力会員と子ども、または利用会員と子どもの関係にも間接的に介入する。
協力会員と子どもの関係への介入で最も力が入れられるのはやはり打ち合わせの場面であり、後は「『宿題をさせる』という援助内容は入れない」、「お弁当に子どもの嫌いなものは入れないよう利用会員に伝えている」という環境調整となる。何故なら協力会員に子どもの嫌がることを強いると、子どもが一時預かりを嫌がる等、子どもと協力会員の関係に影響が出てしまう場合があるからである。その環境調整の工夫は「子どもにとって心地良い場所をつくりたい」という考えに基づいている。
利用会員と子どもの関係への介入も、必要に応じて子ども家庭支援センター等を通し間接的に行われる。その多くは、子ども家庭支援センターに家庭の情報を積極的に上げることではなく、利用会員に相談を促す形でサポートが入る。また「人の目が家庭に入る」というファミサポ活動の構造自体が、家庭を保つ1つの要素となると考えられている。
Ⅶ. 情報をつなぐ
Aファミサポは子ども家庭支援センターだけでなく、医療保健機関や保育園、学童クラブ等とも連携を取る。医療保健機関との連携においても、まずは利用会員に相談を促す形でサポートが入る。またAファミサポが医療保健機関へ精神疾患の症状や対応等の相談を持ち掛ける場面もある。他の一時預かり事業との直接の連携は無いが、会員や子どもを通してつながることはある。なおAファミサポの職員はミーティングを通して同じ方向を向いている。
Ⅷ. 情報をつなぐ場の提供
Aファミサポでは、協力会員交流会や協力会員養成講座、全会員対象の講演会、利用会員と協力会員の交流会等の会員が必要な情報を得る場が設けられている。
協力会員交流会は会員同士が互いの話を聴き合うピアサポートの場としても機能し、協力会員であるCさんも「他の協力会員の様子がわかり参考になる」と述べていた。しかしながら参加は協力会員のみで、近年は協力会員の時間の都合もあり減少傾向にあるという。
講演会では保育園の先生の話や食育の講座の人気があり、協力会員のCさんは「小児科の先生の話が勉強になった」、「児童心理学に興味がある」と述べていた。 また「冊子等の文章の紹介も参考にする」という意見もあった。
Ⅸ. Aファミサポの良さ
Aファミサポの良さとしては、「地域の子育てならではの良さを感じる」、「マニュアルが無いところが逆に良い」、「会員相互の成長を図るもの」、「決まりを守りながら温かさを感じる活動」という点があげられた。
またA市区町村ならではの良さとしては、「下町の良さ」、「お話好きの方も多い」ことに加え、東京都内でも早い時期にファミサポが立ち上がった場所である点があげられていた。
なおAファミサポの職員が「ゴッドマザー」と呼ぶDさんの存在もここに加えることとした。その呼び名から、立ち上げ当初から地域における子育て支援に長く関わり続けているDさんが、Aファミサポの職員のモデルとして機能していることが見えたからである。
第四節 調査結果の補足
本調査結果の補足として、Aファミサポが実施した調査の結果もここに紹介する。図5はファミリーサポートセンターがどのように利用会員に周知されたかを、図6は協力会員の年齢層を示している。
図5 何でファミリーサポートセンターを知ったか(複数回答型アンケート)
図6 平成26年度協力会員の年齢層
図5の調査は「何でファミサポを知りましたか」という問いに対して、①子育て応援ブック、②広報誌、③知人、④ホームページ、⑤その他(自由記述欄あり)の5つの選択肢から当てはまるものを全て選ぶアンケートの構成で実施された。なお、⑤その他の自由記述には、「役所」と書いた人が3名、「主人」と書いた人が1名、他の一時預かり事業を書いた人が1名いた。このことからは、冊子やweb等の活字情報がファミリーサポートセンターの広報に役立っている一方で、知人や役所の職員、家族等の人づてにも情報が伝わっていることが読み取れる。
また、図6の調査からは、協力会員の年齢層がほぼ40歳以降で占められていることから、子育ての終わった世代の協力会員が多いと考えられる。
第五節 考察
筆者は本章において、「必要な情報をどのように住民に伝えていくか」というリサーチクエスチョンに「広報の工夫が必要ではないか」という仮説を置いたが、その方法は広報のみによらないことを本調査で気づくことができた。調査結果によると、ファミサポが対象とする情報の種類は「事業活動の情報」の他に、活動における「会員相互の情報」、講座や交流会等を通した「学びの情報」、他機関とのネットワーキングを通した「他機関の情報」も含まれると考察したからである。ではそうした情報はAファミサポではどのように活用されているのか。以下にそれぞれの情報ごとに整理していくこととする。
Ⅰ. 事業活動の情報
インタビュー調査結果からは、Aファミサポの広報においては子育ての支え合いのサイクルの構築が目指されていることがわかった。それは各自治体で取り組まれている高齢者の支え合いのサイクルを構築する取り組みとつながるものがあるだろう。実際に上記の図6の調査結果を見ると、平成26年度のAファミサポの協力会員は65歳~69歳の方が最も多く、元気な高齢者の活力が活かされている様子が見える。このことからは、子育ての支え合いのサイクルと高齢者の支え合いのサイクルの統合の工夫を学ぶことができる。
またそのサイクルを次の世代につなげるために、現在、Aファミサポでは利用会員を増やすことが目指されている。図5の調査結果を見ると、それぞれの広報の工夫による効果に加えて、身近な人からの情報等、口コミによる情報も広がりつつある様子が見える。
ここで筆者が考察したことは、「子育て前の若者の活力も活かせないだろうか」ということであった。子育て支援が元気な高齢者の生きがいにつながるように、若者にとっても命を育むことやその準備としての学びを得る効果があると考えたからだ。利用会員になる前の協力会員の時期をつくることで、若者が協力会員で学んだことを自身の子育てに活かすという、さらに前の段階のサイクルを作れないかと考えたのである。しかし調査結果によると、大学生の参加は時間の都合がハードルになる様子である。この点については今後の検討課題としたい。
Ⅱ. 会員相互の情報
ファミサポで会員が安心、安全に利用・協力活動を続けていくためには、会員相互の情報を扱いながら、コミュニケーションを調節するコーディネートの工夫も必要となる。インタビュー調査結果からは、そうしたアドバイザーの「人と人とのつながりを見守る」機能が見えた。単なる地域の相互扶助活動とは異なる点として、このアドバイザーの機能がファミサポの特徴と言えるだろう。そしてこれは、筆者が第一章で「新しい豊かさとは何か」というリサーチクエスチョンの答えとして置いた「人と人との新しいつながり」の形の一つとも考えられる。
しかしCさんのようにアドバイザーを介さず会員同士直接話し合って解決をする、またはそれを望む会員もいるということも考慮されなければならない。人によって求めることは異なるため、アドバイザーの「人と人とのつながりを見守る」機能が必要とされない場合もある。その人一人ひとりに合わせた個別的な支援が必要と考えられる。
Ⅲ. 学びの情報
会員が必要とする情報には、学びの情報も含まれる。それはアドバイザーや講師からのみでなく、交流会におけるピアサポートによっても得ることができるだろう。例えば、協力会員交流会で他の会員の上手くいった活動事例を聞くことは、自身の活動に役立てることができるし、他の会員が自分と同じことで悩んでいることを知ることは、「自分の体験が特殊なものではない」という普遍性や凝集性につながり、地域で子育てをする上での安心感を生み出すだろう。
しかしAファミサポの協力会員交流会は協力会員の時間の都合もあり、近年は減少傾向にある。会員の時間の尊重と支え合いの促進のバランスについては今後も検討したい。
Ⅳ. 他機関の情報
Aファミサポの他機関との連携は、「本人抜きで利用会員の情報を共有するのではなく、まず本人が直接相談に向かうよう声をかける」という取り組みを中心に行われている。これは利用会員が主体的に行動することを可能にさせる取組みであると考えられる。会員に建設的な刺激を与えることもアドバイザーの機能であろう。
またAファミサポでは事業としての学びのため、他機関にコンサルテーションを求める取り組みも行われている。
第六節 本章のまとめ
こうした研究結果からは、本章の「必要な情報をどのように住民に伝えていくか」というリサーチクエスチョンには、「情報を発信し、つなぐ工夫が必要である」という次の研究につながる新たな仮説を置くことができる。広報以外にもコーディネートや環境調整、ネットワーキング等の工夫全てが情報という地域資源の活用につながると考えたからである。
加えて、本調査の「人口減少社会における子育て支援の工夫を発想する」という目的は、「子育て前の若者の活力を活かす」、「人と人とのつながりを見守る支援」、「住民の時間の尊重と支え合いの促進のバランス」、「本人を参画させていくネットワーキング」という4つの取り組みの発想を持って達成することができた。
また筆者自身も本調査を通して「人と人とのつながり」という豊かさを実感することができた。今後は自身が住む地域に対して、一住民として人口減少社会における子育て支援について考え活動に参加していきたい。