最終章 結論と研究の限界

Ⅰ. 結論

本研究の目的は、谷中の精神科ソーシャルワーカーとしての価値形成及び共有の過程を明らかにすることにより、今後の精神保健医療福祉に取り組む人々の学び合いの未来像を展望することであった。

第1章における文献調査では、谷中の精神科ソーシャルワーカーとしての価値は多様な人々との関わりや、その中で起きたよい循環、そして、他の支援者の良い実践や精神障害のある当事者の力から学ぶ姿勢により形成されていったことが明らかとなった。

第2章におけるインタビュー調査では、谷中の精神科ソーシャルワーカーとしての価値が学習者のニーズ中心に学びの場を整え、主体性を引き出す自由な環境づくりに目を向け、精神障害のある人や他の支援者と学びあう構造を持つことにより共有されていったことが明らかとなった。また、「我々の中にも谷中輝雄はいる」という新たな仮説を生成することにより、精神保健医療福祉に取り組む人々の持つ優しさや逞しさの普遍性を考察することが出来た。

これらの結果からは、今後の精神保健医療福祉に取り組む人々の学び合いにおける①グループスーパービジョンやグループコンサルテーション、②ストレングス視点に基づいた実践を行う支援者のストレングスへの着目、③活動の継続性を支える「よい循環」の具体性を探る研究、④地域に開かれた精神保健医療福祉学、⑤現象学的なストレングス視点の研究、⑥優しさの連鎖を生み出す暗黙知の継承という6点の可能性を展望することが出来た。

なお、結論に第1章における文献調査の結果を含めた理由は、その内容が第2章における本調査の影響を受けて再構築されたからである。そのため、本研究では第1章の文献調査を本調査のための予備調査とみなすのではなく、独立した調査として扱い、その結果も結論に含めることとした。

Ⅱ. 研究の限界

本研究は谷中の価値形成過程に焦点を当てた研究ではあるが、谷中という存在を超えて精神保健医療福祉に取り組む人々の持つ優しさや逞しさの具体性や普遍性を学ぶことが出来た。しかしながら、本研究の成果はあくまで限定された視点において実施された成果である。本研究の調査者は谷中と面識が無いため、現代の視点から遺された文献や研究協力者の語りを解釈している。そしてそこにはもちろん、遺されなかった言葉や語られなかった言葉も存在する。また、調査協力者が谷中のみに影響を受けたわけではないという限界も存在する。このため、本研究においては反論の余地を残すことを意識し、参考にした文章や語りを文脈が見えるように記述した。このことにより、谷中研究が本研究に留まるのではなく、多くの人の議論により組み立てられていくことを展望した。また、本研究における本調査の結果はオープンコーディングに留め、そのコード間の関連性やプロセスを示す図の作成にまでは至っていない。この点も、この論文が1つの資料として、読み手の経験に沿った各々の理論構築に貢献することが出来れば幸いであると考えている。