第二章 谷中輝雄はどのように精神科ソーシャルワーカーとしての価値を共有したか
第三節 インタビュー調査の結果(5/5)
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※・は沈黙、ーは長音(各記号1つごとに1秒)、*は調査者、あいづちや笑いなど語りの間に挟まれた発語は//で挟んで示しています。また、語り手のIDは表に示した語りの文末に記しています。
Ⅳ. 研究の再構築
本調査の第3の成果は、本研究全体の構成が再構築されていったことである。具体的には、本調査の知見を受け、本研究の主題は「谷中輝雄理論研究に見る、精神保健医療福祉に関わる人材育成の未来像」から「谷中輝雄の価値形成過程に焦点を当てた精神保健医療福祉領域における学び合いの未来のための研究」に変更されていった。また、この主題の変更を受け、文献調査の構成も第1章の形に再構築されていくこととなった。その理由は、本調査を通して「理論研究」や「人材育成」という語句が谷中を対象とした研究を表す語句として適切ではないという気づきを得たからである。この気づきは、以下の①「人材育成」という語句への違和感、②「学び合い」への示唆、③「谷中の生涯を通した価値形成過程を辿る研究」への示唆という契機より示された。以下に参考とした語りと合わせて、変更の過程を具体的に示していくこととする。
(1). 【「人材育成」という語句への違和感】
調査を進める中で先に変更の必要性が示唆されたのは、「人材育成」という語句であった。以下は、その示唆を与えた語りの部分である。
私はこうワーカーさんを育てるっていう・・うーー, ことよりも、//*: うんうん。//まぁ彼が・・えーー・・いろいろな本を書いている中で//*: うん。//あるように、ワーカーを育てるような視点では全然書いてないと私は・・//*: うーん、うんうんうん。//思うんですけど、あなたいかがですか?読んでみて。//*: あっ、読んでみて。//うーん。//*: そうですね。//うん。//*: 投稿されている//うん。//*: 雑誌などを見ても、//うん。//*: その、ワーカーさんの・・福祉という枠以外にも例えば//うん。//*: 保健婦さんの雑誌に//うんうんうんうん。//*: 投稿されていたりですとか、//うん。//*: まあその立ち上げられたところが//うん。//*: 心理職の柳先生とかと//ああ、そうですね。//*: はい。一緒に立ち上げられて//ええ、ええ。//*: いて。いろいろな職種を越えて//うん。//*: 協働されていたり、あと、当事者の方は、その、当時から当事者の方の意見を//うんうんうん。//*: 汲み上げてやっていくっていうところをすごく大事にされて//うんうんうん。//*: いたので、本当にその枠組みにとらわれない//うん。//*: イメージ、は読んでいて//うんうんうん。//*: 感じました。(ID-A)
(息を吐く)PSWの育成という今回のテーマそのものも、そうか、まぁ教員になったから?(ID-Q)
まぁ生活技能訓練と言う、//*: うんうん。//例えば、あーそれを見ただけでまぁ一つの拒否反応を起こすという。//*: うーん。うん。//私はその拒否反応は非常にいいものだと思っているんですよね。//*: うんうん。//そういう拒絶反応があるぐらいの方が良い。(中略)//*: もしそれが訓練やトレーニングと言う言葉で反応されたと考えるなら、//うん。うん。//*: 実際やっているSST、T事業所でやっているSSTが//うん。//*: もしT事業所流に名前を付けるとしたら//うん。//*: どんな感じの名前を付けると思いますか?//うん。それが当事者研究にだんだん進化した//*: うん。//んだと思うのね。(ID-T)
ID-A, Qの語りには、当時の研究主題における「人材育成」という語句に対する違和感が示されている。もちろん、どちらの語り手も質問に誠実に答えた上で上記の率直な反応を示していた。現にID-A, Qの反応により調査の視点は広がり、また、ID-Aの語りにおける語り手の調査者へのあいづちを見ると、その反応は「答えられる質問」として問いかけられた可能性があると考えられるのである。そして、この上で示唆深いのは、ID-Tの語りにおける表現方法を進化させることで活動の意義を示していった語り手のエピソードである。これらの語りが、当時の研究主題における「人材育成」という語句を変更させる必要性を示していった。
(2). 【「学び合い」への示唆】
上記の契機を経て、当時の研究主題における「人材育成」という語句は「学び合い」という語句に変更されることとなった。以下は、「学び合い」への示唆を与えた語りの部分である。
あとはその人の学ぶ力というものをすごく信じる人でしたよね。(中略)今度新しいことに取り組むときにどうしたらいいのかなぁとか、なんかどこで踏み出そうって//*: うん。//いうときに必ず相談に行ってたんですけど、//*: はい。//そのことに対して答えを出してくれるっていうんじゃなくて、//*: うん。//その周りの話からいろいろいろいろいろいろと話してくれるんですよね。//*: ふーーーん。//でも、すごくこう楽しく話ができて。//*: うん。//それで帰って来てから私の中で//*: うん。//いろいろ整理するわけですよね。//*: うん。//その話を。//*: はい。うんうんうん。//で、その中からやっぱりヒントがあるんですよね。//*: ああーーー。//うん。そうかそうかって。(ID-A)
むしろ教え子からの影響も多分に受けてたと思うし、//*: うんうん。//よく僕にもオーストラリアはどう?ってよく聞いてきましたし。それは決して専門的なことだけじゃなくてオーストラリアの文化とか、//*: うん。//それこそ食文化とか、//*: うん。//お酒事情とか、//*: ふふふ(笑)。//そういうことも含めて。//*: うん。//どう?っていっぱいこう聞いてくれて、うんうんって興味を持ってニコニコと笑顔で//*: うん。//聞いてくれていたのも印象深いですね。(ID-R)
誰から影響を受けたっていうことよりも、誰からでもその情報を//*: うん。//自分の意見を言うんじゃなくて、相手からまず聞き出していた。だからそれがどういう風に谷中さん自身の血となり肉となりってなってたかわからないくらい自分の知識の中の話ではなくて、//*: うん。//相手の知識の中の話をされるのが上手かったですね。(ID-E)
本当に周りの物と溶け合って、//*: うんうんうん。//その自分の考え方も周りにこう生かしていくし、その周りの方々からもいただいて//*: うーん。////E: うん。//自分のものにしていくしってそのコミュニケーションを持っているって人で、だったり、そのなんていうか生き方、生き方ががかなり自分のためだけじゃなくて世の中の//E: ためになる。//ためになってきたんじゃないかな。(ID-F)
これらの語りによると、谷中の人との関わり方は、その人の学ぶ力を信じ(ID-A)、その人自身に興味を持って学び(ID-R)、その人の知識の中で話をし(ID-E)、周りと溶け合うように学び合っていたという(ID-F)。これらのことから、本研究主題における「人材育成」という語句は「学び合い」という語句に変更されることとなった。
(3). 【「谷中の生涯を通した価値形成過程を辿る研究」への示唆】
そして、「人材育成」という語句と合わせて変更の必要性が迫られた語句は、「理論研究」という語句であった。当時の研究主題において「理論研究」という語句を置いた理由は、当時の本研究が「理論は価値を反映する」という前提に立っていたからである。つまり、理論研究を進めていくことがおのずと価値研究となるという見通しがあったのである。そのため、『生活支援―精神障害者生活支援の理念と方法―』(1996)の内容を1つの谷中理論とみなし、「谷中の価値はどのようにその理論に辿り着いたのか」というリサーチクエスチョンを立てて進めていた。しかしながら、本調査を通して谷中の活動が1つの考えに縛られなかったことに気づき、本研究の構成は、理論を1つの到達点として価値形成の過程を辿るのではなく、谷中の生涯を通した価値形成の過程を辿る構成に再構築されていくこととなった。以下は、この示唆を与えた、P協会の会長を勤めていた頃の谷中の姿勢を示す語りの部分である。
P協会のときも。//*: うーんうんうーん。//話してみんなが言ってることを総合的に問いかけてやりましょうってことは言うけど、//*: うん。//えーだからといって私がこういう提案をして一緒にやりませんかという//*: うんうん。//政治家のような言い方はしない。//*: うーん。うんうんうん。//ということがひとつ。えーあるいは先ほどの生活支援センターにしても、//*: うん。//いろんな支援センターのモデルがあると。//*: うん。//だからといってやどかり方式っていうことを主張して//*: うん。//それを、なんだろ、それでなければ、なんだろ、支援センターではないという言い方はしない。というかね。(ID-G)
Y問題における患者の人権の問題っていうのはね、これはねPSWの専門性のことを言ってるんです。専門性の確立ということだ。//*: うんうんうんうん。//で、これはね、専門性を語ることなしに身分制度を言っても話になりませんよと。(中略)だから谷中さんはそういう意味では、資格制度は必要なんだけど、今この時期に言っている資格制度を欲しいなんて言うことは与したくない。だからそれは抑えていた。//*: うーん。//抑制する発言なんですね。だからこ、これもね、非常に谷中さんにとっては精一杯、精一杯の発言なんです。文章か。//*: ふーーん。//彼にしてみれば、これであれば自分が理事長になっていく場合に//*: うん。//こ、こ、このことを理解してくれないと私は理事長出来ませんよ辛くっていうような宣言でもある。//*: うーーん。うんうんうん。//そういう、そういう意味では歴史的文章//*: ふーーーーーーん。//だと言っていい。言えますこれは。谷中さんのそばにいてね。//*: うーーん。//ふふふ(笑)。言えると思う。谷中さんてあんまり自分のことをね、こうだって相手に押し付けるような形で出すことはしない。(ID-M)
あるべき論が先にあったような感じではない気がするけど。//*: ふーーん。//うん。・・・そういう、うん、ところは、国家資格もそんな感じだし、やっぱりまず・・・資格についていろんな意見があっても足掛かりとしてはそれがあった方が良いっていう。//*: うん。//今どう思ってるかわかんないけどね。逆に。今いたらどういう風に//*: ふーーん。//思ってるかわからないですけど。なんかね。あんまりあれかこれかって二分法で考えるということではないような感じがしますけどね。(ID-V)
こうあるべきだってところで//*: うん。//それに固まってしまうことで、もしかしてあの段階だったらPSW協会つぶれちゃうかもしれなかったわけですし、//*: うん。//つぶさなかったし、なおかつY問題を残らせるって//*: うん。うん。うん。うん。//っていうことをあの時点でされてたり。やどかりもそうですよね。何度もつぶれるような//*: うん。//機会があったし、で、社会復帰施設にしたときにすごい批判を//*: うん。//受けておられるんだけども、//*: うんうんうん。//結果的にでも社会復帰施設っていうのは施設化ってことの危険性に対してみんなが意識しながら、//*: うん。//でも福祉サービスとして定着をさせるって形に//*: うん。//動いていったわけですし。//*: うん。//そこのバランス感覚は多分ものすごいものがあるのかなって感じはします。(ID-P)
谷中が会長に就任した当時のP協会は、当事者不在で医療が行われたYさんの訴えによって混乱状態を迎えていた最中であった。谷中はこの混乱期に協会組織の回復と「Y問題」の教訓化と継承性という2つの課題に取り組んでいく。そして、精神障害者の社会的復権と福祉のための専門的・社会的活動をP協会活動の中心に据える1982年の札幌宣言へとつなげていった。(大野和男, 2014大野和男(2014)「日本精神保健福祉士協会の発展と歴史的課題―歴代会長(故人3名)の足跡を中心に―」日本精神保健福祉士協会50年史編集委員会編『日本精神保健福祉士協会50年史』(pp. 45-55), 日本精神保健福祉士協会., pp. 53-55)。
上記の語りには、こうした谷中の組織運営には価値の幅があり、あるべき論で固まらなかったことが示されている。また、谷中自身も理論よりその奥にある経験や価値を重視していたことが示された文献もある。谷中(1995)谷中輝雄・石川左門・丸地信弘・藤田雅美・秋田昌子・増田一世・松田正己(1995)『インターフェースの地域ケア―語り合い、響き合い、共に生き、創り合う―』やどかり出版.は、学生時代の重田信一教授との関わりの影響を「授業はテキストによって決まったような話で、興味はなかった。しかし、ゼミや旅行を共にした中での四方山話の中には多くの教訓が語られ、社会人になり、さらに『やどかりの里』を創っていく際には、大きな影響力となっていった」(p. 10)と述べている。この文章には、谷中は恩師が伝授する理論よりも、その奥にある経験や価値を重視し、関わりや会話から知見を得ていったことが示されている。
これらの情報から、谷中の活動が1つの考えに縛られず、また谷中自身も理論よりもその奥にある経験や価値を重視していたことが分かり、本研究における「理論研究」の視点は「谷中の生涯を通した価値形成過程を辿る研究」の視点に変更されていくこととなった。
また、この変更は本研究における文献調査の結果を示した第1章の構成にも影響を与えていった。本調査開始時点での本研究における文献調査の到達点は、重要概念の抽出と、谷中の価値形成に影響を与えた要素の抽出までであった。また、その対象も『生活支援―精神障害者生活支援の理念と方法―』が出版された1996年までに谷中が執筆及び発言した文献に限定していた(大隅薫, 2017大隅薫(2017)「谷中輝雄はどのようにソーシャルワーカーの価値を形成したか―谷中輝雄理論の生成過程をたどる文献研究―」『日本社会福祉学会 第65回秋季大会』(首都大学東京), 261-262., pp. 261-262)。しかしながら、本調査を通して本研究の視点が「理論研究」から「谷中の生涯を通した価値形成過程を辿る研究」に変更されたことから、本研究における文献調査の構成は概念ごとに形成過程を辿る第1章の形に再構築され、また、対象文献も谷中が逝去した2012年までに拡大されることとなった。
こうして本研究全体の構成は、これらの①「人材育成」という語句への違和感、②「学び合い」への示唆、③「谷中の生涯を通した価値形成過程を辿る研究」への示唆という契機を経て再構築されていくこととなった。