第二章 谷中輝雄はどのように精神科ソーシャルワーカーとしての価値を共有したか
第三節 インタビュー調査の結果(4/5)
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※・は沈黙、ーは長音(各記号1つごとに1秒)、*は調査者、あいづちや笑いなど語りの間に挟まれた発語は//で挟んで示しています。また、語り手のIDは表に示した語りの文末に記しています。
Ⅲ. 新たな仮説の生成
本調査の第2の成果は、予備調査で生成された仮説の他に、「我々の中にも谷中輝雄はいる」という仮説が【Paid forward】と【実践家の持つ逞しさ】という2点のコードにより生成されたことである。以下にこの新たな仮説生成につながった2点のコードが抽出された過程を示すこととする。
(1). 【Paid forward】
「我々の中にも谷中輝雄はいる」という仮説が生成された第1の理由は、谷中から受けた恩を他の者へ渡そうとする【Paid forward】の姿勢が語り手より示されたからである。このコード名は、ミミ・レダー(2000)が監督したハーレイ・ジョエル・オスメント主演の映画『Pay it forward』の内容を参考にしている。この映画は、少年が「世界をより良くするために」(To make the world a better place)という授業の課題に対して、恩を受けた相手に返す恩返し(Paying back)の代わりに、別の誰かを助けることで優しさをつなげていくこと(Paid forward)というアイデアの実現に向けて挑戦する物語を描いたものである。本調査において、この物語と共通する事例が語りの中で示されていたため、【Paid forward】というコードを作成することとした。以下は、【Paid forward】というコードの根拠となった語りの部分である。
①ID-Hの語り
【谷中から受けたこと】
信じぬく力みたいなのを私は教えて、自分の身を持って体験として教えてもらったっていうのがありますね。
【Paid forward】
だからそれは学生を信じようと思うときとか、//*: うん。//もちろんあの今ピアスタッフと一緒に活動している時にもそのピアの//*: うん。//方を信じるあの私の姿勢とか、あのそういうものにやっぱりなんか影響をいただいているなーと思います。(中略)谷中さんには恩返しできないなと思ってたので、それをあのなんかちゃんと学生とかね、//*: うん。//自分がこれから関わる人たちに、//*: うん。//そういう谷中さんから頂いたものを、//*: うん。//なんかこうあの返すっていうか伝えるっていうか自分の中にちゃんと受け止めながら、自分のこう、うん、ものとしてあのー伝えていくってことは思っているかもしれないですね。
②ID-Rの語り
【谷中から受けたこと】
何せ印象深いのは、そのチーム医療がテーマだよねって話をしたときに、//*: うん。//チーム医療とか多職種連携興味あるならぜひこの病院見てきて、見てきなさいって言っていきなりあのー来週の日曜日空いてる?っていう感じで言われて、//*: うん。//んで空いてますよーって言ったらじゃあ富山行こうっていきなり言い出して。//*: あはははは(笑)。//ふふふ(笑)。土日で。富山ちょっと押さえとこうって。//*: 道内じゃないんですね。ははは(笑)。//そう。道内じゃないんですよ。(中略)わかりましたーって言ったら、その場で○○病院っていう//*: うん。あ、はい。//精神科で非常に有名な//*: うんうん。//病院にいきなり電話をして、再来週行くからーって。//*: ふふふ(笑)。//大学院生連れて。空けといてーって。
【Paid forward】
例えば実習生、自分のとこの実習生が○○病院以外にも見たいですって言ったらじゃあどこどこ病院見ておいでって一本電話して見学に行ってもらう。//*: ああーー。//ってこと僕もやってますし、あと自分の実習生じゃなくて、//*: うーーん。//就職活動の一環で学生見学に来るんですよね。//*: うーーん。//そしたらもう僕いろんな話しますけれども、谷中先生の話も当然しますけれども、//*: うん。//でもいろんな現場のいろんなワーカーの声を聞きなさいって。//*: うん。うん。うん。//学生には指導していて。それでじゃあどこどこ病院行っといでってこの人の話聞いておいでって。//*: うーーん。//そこのワーカーに電話してこんな話してあげてって話をして。すごい人と人をつなぐってことをやっぱり自然に僕もやってますし。
③ID-Wの語り
【谷中から受けたこと】
決して否定をしない受け答えのされ方というか。//*: うん。//特に学生に対しては一切。//*: うん。//否定とか、学校、まぁ学生の立ち場、学校の中での部分でいうと否定をしない姿勢というか、//*: うん。//そこの部分があのすごく私は教員の谷中先生の印象としてはそこが一番強いんですよ。
【Paid forward】
民間の//*: うん。//精神科病院に//*: うん. //勤めている身としてはやっぱりこう、その、なんていうのかな。理想通りにはいかない精神科医療の現実っていうのを目の当たりにして、ええと自分の良心と闘いながら仕事をする場面っていうのはやっぱりあるわけですよね。(中略)やっぱり外の風をこう引っ張り込めるのって一番やりやすいのってやっぱりワーカーなので、//*: うーん。//ワーカーの視点を//*: うん。//病院の中にとか、まぁ私の職場で言えば自分の部署はデイケアなので、//*: うん。//えーそこの同僚とか//*: うん。//利用者さんに、どうその生活の支援を持って医療という枠組みの中でも関わっていくことが出来るのかっていうことを考えたときに、//*: うん。//やっぱり谷中先生に教わってきた生活者としての視点、ごくあたりまえの生活者であるという、生活を大事にしてきている・・ということを考えて病院でお付き合いをしていくとか病院の中から利用者さんを押しだせるような力を持てると良いのかなっていうのもあって、ちょっと自分としては病院の中にいる意味、谷中先生から教わったからこそ病院の中にいる意味って考えていかなきゃいけないかなと思いながら。
④ID-Sの語り
【谷中から受けたこと】
谷中先生の授業を受けたときに、あの、自分はもしかしたら先生に整理されているような気がするって。//*: うん。//人生をですよ。//*: うーーん。//生まれて今日までって出会うまで。//*: うん。//先生と出会うまでの間。//*: うん。//先生の言葉言葉によって、//*: うん。//自分が自分自身のことをより深く考える//*: うーーん。//きっかけをつくってくれたり、自分が悲しいって感じていたことをちゃんと悲しかったんだよねっていうことを//*: うん。//受け止められるような//*: うん。//話し方をされていたっていうような感想を書いたんですね。
【Paid forward①】
私が目の前にしている人達は//*: うん。//それぞれ個性があってね。//*: うん。//昔こんな病気にならなかったらこんなことしてたんだよなとか、//*: うんうん。//あんなことしてみたかったんだよなとか、//*: うんうん。//っていうのを聞きながら、//*: うん。//ここの作業どうする?みたいな。//*: うん。//なんか作業しろ作業しろって言われてるけど、皆で何の作業する?//*: うんうん。//って言ったときに、夢を作る作業って。//*: おおーーー。ふーーーん。//だからあの、夢がかなうかどうかわからないけど、//*: うん。//一人一人の持ち味活かした、//*: うん。//じゃあ作業所づくりしようかって。
【Paid forward②】
だから今も何も私仕事もしてなくて別に専門的なものもまったくね。学校で学んだか谷中先生とのあーだこーだしか経験数ないんだけど、やっぱ子育てしながらでも、//*: うん。//こうなんだろう。お母さんたちが集まるじゃない?//*: うん。//あるいは集まらなくても、//*: うん。//なんかこうぼそぼそと困りごとを言ってくれたり、今こうなんだよねとかどうしたらいいんだろうかっていう相談とか、//*: うん。//本人は相談と思ってなくても、//*: うんうん。//私がそうなんとなく感じてしまうんだよね。//*: うんうん。//きっと。そしたらやっぱなんかどこどこに行ったらきっと解決策みつかるんじゃないかとか。
⑤ID-Xの語り
【谷中から受けたこと】
私なんか大学卒業するときにすごくモラトリアムで、//*: うん. //働きたくないって言って、ふふ(笑)。(中略)作業所立ち上げるからそれ手伝いを、そこに入るってことと、進学を悩んでいるなら○○大学に科目履修として関わって両方の立場を取りなさいって言われたんですよね。//*: ふーーん。//なので私は卒業して1年目のときは作業所の立ち上げをしながら//*: うんうん。//そのー後は○○都道府県に毎月先生の講義を受けに通ってたんですよ。//*: うん。//1年間かな。//*: うん。//で結局なんかいろいろあって大学院の進学もそのときはしなくって。でもいたんですけど。なんかやっぱりその学ぶことの大事さと言うか。
【Paid forward】
当事者の方もちゃんと学ぶ、学ぶってこと。自分のために学ぶ//*: うん。//ってことを//*: うん。//そういうことがきちんと保証されることが大事とか、//*: ふーーーん。//だからそれが大事だから学びたい人には学ばせて、//*: うん。//学びたくない人はやんなくていいと思うんですけど、//*: うん。うん。//この学びたいって思った時に心の健康のこととか//*: うん。//セルフケアのこととか、//*: うん。//あとやっぱりピアスタッフのこととか。//*: うんうんうんうんうんうん。//支援をする立場になれるってこと、//*: うん。//自分の体験が生きるって言うこと、//*: うん。//をとかを学べる場ってあんまりないんですよ。//*: ふーーーん。//でもそれをちゃんと保証することが大事だなと思って。//*: うん。//実践、実践と言うか、前の職場ではちょっとそういうことをちょっと利用者さん達と一緒にやっているわけですね。
これらの語りからは、語り手が谷中から受けた恩を他の者へ渡そうとする姿勢が示されている。例えば、ID-Hの語りからは、その人を信じる姿勢が、ID-Rの語りからは、自身の持てるネットワークを学習者に活かしていく姿勢が、ID-Wの語りからは、他者を否定せず今自分に出来ることを実践していく姿勢が、ID-Sの語りからは、その人の個別のニーズや願いを引き出し環境を整えていく姿勢が、ID-Xの語りからは、その人の学ぶ力を信じて支える姿勢が受け継がれ、他の者にその優しさをつなげていったことが示されている。これらのことから、「我々の中にも谷中輝雄はいる」という仮説の生成につながる事例として【Paid forward】というコードが生成された。
(2). 【実践家としての逞しさ】
「我々の中にも谷中輝雄はいる」という仮説が生成された第2の理由は、本調査を進める上で、語り手の中に谷中と共通する【実践家としての逞しさ】が垣間見えたからである。以下は、【実践家としての逞しさ】というコードの根拠となった語りの部分である。
やっぱりメンバーさんが//*: うん。うん。うん。うん。//僕の主体性を育てたって。//*: うん。//Dさんどうするのって。ね。Dさんどうすんだって。うん、いや僕自信ないからって。いや、何言ってんだ、お前こんなことやれるんだからやれるじゃないかと、っちゅうようなこうメンバーとの対話が//*: うーん。うん。うん。//やっぱり僕を、こう主体性を育てたっていえるのかもしれませんね。(ID-D)
あのー私なんかが当事者研究とかね。そんなんでやってるののまぁポイントっていうのはほぼすべて谷中さんが踏んでいるっていうかね。//*: うん。//あのーほぼ同じみたいなものだね。//*: ふーーん。//ああいう現象学的な考え方だとかね。//*: ふーーん。//当事者の人達がこう試行錯誤しながら失敗しながらでも経験積み重ねていくことの大切さだとかね、//*: うん。//まさにおんなじだね。(ID-T)
谷中先生と私は非常に似てまして、これじゃだめだよね、それから30年も入院していたなら社会に出たいよね、あたりまえの生活したいよねっていうのを女性の患者さんとミーティングしていたらそれがわかってきたんです。(ID-Z)
だからやどかりの里をつくるのとここつくるのすごい影響してるよ。//*: ふーーーん。//えーー、やどかりの里は大変だったから。//*: うーん。//その轍は踏まんぞって感じで。//*: うーーーーん。ふふふ(笑)。//行政の立場にいたから。//*: うん。//ああ、あのお金の//*: うん。//引き出し方とか、//*: うん。//ね、モデル事業やってこうやっていくとか。//*: うん。//保健所の所長も精神科医で//*: うーん。//一緒にやった先生なんだけど。//*: うん。//だからそれ、やどかりやってなかったら法人化とか、この形つくんの難しいやろなぁ。経験ない人は。//*: うーーーん。//うーん。そんなんあるよ。この時期はこれしとかなあかんとか。この時期はここからこう動いた方が良いとかね。やっぱりあると思う。(ID-B)
だから当事者の人も当事者の人に刺激を受けるのよ。//*: うんうんうんうんうんうん。//そういった活動している人がいたら。だからワーカーもそうなの。刺激受けるわけよ。//*: うーーん。//ああ、おお、こんなことやってる人がいるわって。//*: うーーん。//俺たちも頑張んなきゃなーっていう。//*: うんうんうんうん。//だから落ち込んでなんか壁にぶつかって//*: うん。//ああーと思ってでも、良い話聞いたらもうちょっと頑張ってみようと。//*: うーーーーん。//こういうノウハウでっていうので、知恵とエネルギーをもらって//*: うん。//また元気になって知恵を工夫して自分のとこでやるっていうやり方で進めていくって話になるわけだ。(ID-I)
当事者に対しては//*: うーん。//夢や希望を持ちましょうよとか、//*: うーん。//そういうことを実現するために公務員のワーカーって地域ケアの体制を作っていく、サポートする体制を作っていくと思い込んでいったんですけども、何かでいつもこう不全感があってね。(中略)//*: 自分のやってきたことが、本当に、谷中さんのこれでいいのだじゃないんですけど、自分でこれでよかったんだっていうことを思えた。罪悪感とかも、罪悪感を持たずに、自分はこれだけ頑張ってきたからこれでよかったんだと思えるようになったのはどんなきっかけでですか。//それはね、それは僕は、私の個人史で言うと、まぁイギリスにつながっていたこと。//*: ああーーーーー。//(中略)そこで自己改革を進めなきゃいけない、自分の周辺で応用していかなきゃいけないという気持ちが切れなかったこと。(中略)2005年にはチャールズラップさんに会って//*: はい。//ストレングスモデルに出会うわけですよね。谷中さんは谷中さんでやってきたけど、私は私でやりながらね。やっと何十年後かに自分たちのよろよろよろよろやってきたこと、大事にしてきたことは間違いじゃなかったんだなというような思いに辿りつけたんですよ。//*: あーーーー。//そうかこれはストレングスモデルと言ってたのかと。その人の悪いところばっかり見るんじゃなくてさ、本当はどうしたいのかって言うことに向きあおうとしたんですよ。//*: うんうんうんうん。//若い時分から。(ID-N)
彼が引き継いで○○っていうのをやってくれている。国のね。//*: ふーーん。//彼はずっと。本当に一番近くにいて。//*: うーん。//あの人達の集団に期待してるんですよ。//*: ふーーん。//その人達を何とか・・・まぁ育てたいって言い方は語弊があるけれども。//*: うん。//仲間を作りたいっていうかね。(中略)その連中と議論するのが一番楽しい。//*: ふーーん。//ふふふ(笑)。(ID-Q)
これらの語りからは、第1章3節で考察されたように、大変な状況の中でも実践家が実践を続けることができた背景として、精神障害のある人や他の良い実践から学ぶ実践家自身のストレングスがあったことが示されている。本節ではこのストレングスを【実践家としての逞しさ】と呼ぶこととする。
例えば、ID-Dの語りからは、自身を育てたのがメンバーであると言い切る姿勢が、ID-T, Zの語りからは、精神障害のある人からの学びより活動を展開させる姿勢が、ID-Bの語りからは、自身の経験から学び、ただでは転ばない姿勢が、ID-I, Nの語りからは、他の実践家仲間やその良い実践から力をもらう姿勢が、ID-Qの語りからは、その仲間たちを大切に想う姿勢が、谷中と共通する【実践家としての逞しさ】として示されている。これらのことから、「我々の中にも谷中輝雄はいる」という仮説の生成につながる事例として【実践家としての逞しさ】というコードが生成された。
これらの過程を経て【Paid forward】と【実践家のとしての逞しさ】という2点のコードが生成され、予備調査で生成された仮説の他に、「我々の中にも谷中輝雄はいる」という新たな仮説が生成されることとなった。