第二章 谷中輝雄はどのように精神科ソーシャルワーカーとしての価値を共有したか
第三節 インタビュー調査の結果(2/5)
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※・は沈黙、ーは長音(各記号1つごとに1秒)、*は調査者、あいづちや笑いなど語りの間に挟まれた発語は//で挟んで示しています。また、語り手のIDは表に示した語りの文末に記しています。
Ⅱ. 予備調査で生成された仮説の検証
2. 主体性を引き出す自由な環境づくりに目を向けた
予備調査で生成された第2の仮説である「主体性を引き出す自由な環境づくりに目を向けた」という仮説は、【託していった】、【意外と任せない(笑)】、【自立を認める】という3点のコードにより検証された。以下にコード生成にあたり参考にした語りの部分と合わせてコーディングの過程を示していくこととする。
(1). 【託していった】
以下は、【託していった】というコードの根拠となった語りの部分である。
あの人これやれあれやれって人ではなかったんで。//*: うん。//うん。場は貸すけどどう使うかは自分でちゃんと考えなよっていうようなことはあったと思います。(ID-C)
そのとき谷中先生が、Fさんのやりたいようにやっていいんだよと。そして、これいつものことなんですけど。//*: ふふふふ(笑)。//それであの、ええと、従、その、人ですか。あの一緒に従事する人もFさんが一番やりやすい人を使っていいのよと。(ID-F)
あの、ボランティアの育成なんかもね、//*: うん。//彼は何にも言わないで、うん、私に任せてくれて。(中略)まあ結構いろんなことやってたけど谷中さんは何も言わないのね。//*: ふーーん。//うん。こっちに任せてくれて。だから今やどかりの里のバザーのボランティアもたくさん来ているけど//*: はい。//そういう人たちも皆育ってきている。(ID-K)
(予備調査の考察に対して)託すのがすごいって、もう託さざるを得ないんだよ。やどかりって人もいないし。//*: うんうんうん。//ご本人さんとか誰かがとにかくあのーやったらじゃあそれやってよって。もうあのー、うーんスタッフも少ないし。//*: うん。//仕事もいっぱいあるから、それでメンバーさんにやってもらうっていう形になって。これ託さないと活動が回らないっていうところがあって。それもよく言ってたな。//*: うん。//だからあんまり職員いない方がメンバーさんがいろんな活躍できていいんだみたいなこともよく言ってた。//*: ああー。なるほどなるほど。//んでそれ負け惜しみなのかなと僕思ってたりも//*: ふふふふ(笑)。//してたけど。それもよくしょっちゅうよく言ってて、//*: へーーー。//ある時期に職員がバーッとやめた時期があるんだよね。こんだけの職員でもうお金もないからどうしようもないってときに、谷中先生がいや、これはそこは当事者が埋めてくれるようになるからそんなに心配しなくていいよっていうのはすごく言ってた。(ID-I)
(予備調査の考察に対して)やどかりの職員任せたよっていうのは、やどかりのメンバー任せたよみたいな部分があるんじゃないかね。やどかりのメンバーが、//*: うん。//あのーちゃんとやどかりの里をこう作っていく力があるというか。//*: うんうん。//・・職員も育てたり。//*: うん. //あるいはその、その、臨在の証人じゃないけど逆のね。いろんな交流もやりとりもあるわけだろうけど、//*: うん。//やっぱりメンバーさんを信じられる。//*: うーん。//その力なのかなっていう感じはしますよね。(ID-D)
私はこういうことしたいんだけどどうだって言って、//*: うん。//私のプランを持って行って、//*: うん。//あの、それはいいんじゃないかとか、いやそれはこういう風にした方がいいぞとか、そういうこうことをどんどんやってた時代ですね。//*: ふーーーん。//で、それにはお金がいるわけだから、そのお金どうすんだ考えてんのかって言われて、それは谷中先生が用意してくれますとかってわけわかんないこと//*: あははは(笑)。//言ったりしてね。えーなに言ってんだいみたいなことでやりとりしてましたよ。//*: ふーーーん。//で、そのときにあのー話に出てたかどうかわかりませんけど経理をやってた○○さんというね、人が、あの、どうやってそれお金出すのみたいなことになって、じゃあどうしようかみたいなことはやってましたよ。//*: うん。//だからまぁ、じゃあ、あの、うーん考えますとか言ってね。(ID-O)
ID-C, F, Kの語りによると、谷中は各事業の運営はその担当の者に託していったという。また、予備調査の考察に対するID-IやID-Dの語りには、精神障害のある当事者である「やどかりの里」のメンバーにもその運営の力を信じて託していった谷中の姿勢が現われている。そしてその中で、ID-Oの語りからは、谷中がそれらの実現を支えていた様子が示されている。これらのことより、「主体性を引き出す自由な環境づくりに目を向けた」という仮説を支える事例として【託していった】というコードが生成された。
(2). 【意外と任せない(笑)】
しかしながら、谷中は「やどかりの里」の組織運営をスタッフやメンバーに託す一方で、託しきれない一面もときに見せていたという。以下は、【意外と任せない(笑)】というコードの根拠となった語りの部分である。
でもねー意外に任せないんだよこれが. //*: ふふふ(笑)。ああ、そうなんですか?//うーんもうそうなんだよー。任せないんだよー。//*: ふふふ(笑)。//それで私もちょっと腹立って怒ったこともありました。//*: はーーー。//意外にね。うーん。//*: ここはこうして欲しいみたいな。//いや、欲しいっていうか、いちいち呼びつけてどうなってんだって。今どういう状況だって聞きまくるんだよね。//*: あーーー。//うん。それでやっぱりちょっと自分がそこに絡んでないと//*: ふふふふ(笑)。//寂しいっていうか、//*: うん。//そういうのはすごくあったなって//*: あっ。//感じはしますよ。うん。(ID-O)
谷中さんが○○組織の代表を辞めたい、//*: はい。//まぁ辞める//*: うん。//というときに、副会長だった2人と偶然私があそこにいて、//*: うん。//彼は副会長2人のうちの、きっと2人ともやりたかった人なんですけども、片一方にあなたが、君がやるべきだっていうような。まぁそういう意味では民主的に決められていくんだろうけども、//*: うん。//本来は。//*: はい。//そういう様なことを、こう、まぁ裏でっていうか、//*: うーん。//事前にそう言うことを決めてってしまう、//*: うーん。//決定者としての力を//*: うーん。//実は持っていたんですね、やっぱり。で、それを発揮しちゃうと。(ID-Q)
ID-Oの語りからは、活動の報告を逐一求める谷中の姿が、ID-Qの語りからは組織の意思決定に先回りして決断を促してしまう谷中の姿が示されている。しかしながら、ID-Oの語りの中には、先の【託していった】というコードの根拠となった語りの部分が示すように、谷中が自分の活動を支えていたという気づきも語られている。また、「寂しい」という言葉からは、ID-Oの語り手がその背景にある谷中のキャラクターを理解していたという関係性の豊かさも伺える。このため、コードの語尾に「(笑)」をつけることとした。これらのことから、「主体性を引き出す自由な環境づくりに目を向けた」という仮説の反証事例として【意外と任せない(笑)】というコードが生成された。
(3). 【自立を認める】
また、谷中は「やどかりの里」の他にも関わりを持った人や団体と袂を分かつ経験をし、しかしそのときの態度からはその人や団体の自立を認める姿が示されていたという。以下は、【自立を認める】というコードの根拠となった語りの部分である。
(予備調査の考察に対して)プロセスの中でスタッフが育ち、当事者がメンバーが力をつけていきってところと、//*: うん。//当然そこは力がついていけば、谷中じゃなくてもいいよねって。//*: うーん。//いつまでも谷中が谷中の役割してたらさすがに邪魔よねって。//*: うん。うん。うん。うん。//うん。うん。そこんとこで彼の中ではこう引くってことなのか、少しポジションを変えるってことなのか。//*: うん。うん。//うん。それはだから言ってみれば、あの、こういう捉え方をしていいかどうかわからないんだけど、あの、ソーシャルワークと同じよねって。谷中のやってることは//*: うん。//ソーシャルワークの支援を展開しているのと同じよねって。(ID-C)
○○組織は大事だと思うけど私、しかし、P協会を気にしながら。//*: うん。//そういうところは谷中さんにそういうことチョロっと漏らしたんですよ。//*: うーん。//まぁ○○さんに言わずにね、谷中さんがそれでいいのだってっつったんだ。//*: ふふふ(笑)。//Nさんらしいよなって。//*: うーん。//うん。いいじゃん。行政のワーカーなんだから。一線のそういう動きには一線で働くPSWが意識改革をしたり地域を広げていくってことは誰かがやんなきゃなんないんだからって。って意味合いのことを少ーしだけね。(ID-N)
○○市区町村でもやっぱりこう作業所を作って、そこがだんだん地域の中で自立して、//*: うん。//まあ谷中さんは外から来た人ですから、っていうことで、うーん、なんかこう動きが違ってくると、うーん、片方で寂しい思いをしながら、しかし片方ではそういうものなんだなという思いはあって。//*:うんうんうん。//だからそういうものがきっと、を、感じると、やっぱり近くにいるよりも少し離れながら//*:うーん。//っていうことがあるのかなって。(ID-V)
ID-Cの語りでは、谷中の「やどかりの里」における組織運営がまるでソーシャルワーク過程のようであると語られ、P協会とは別に独自の組織を立ち上げた語り手によるID-Nの語りからは、その独立を肯定的に認めていた谷中の姿勢が示され、そしてID-Vの語りでは、「やどかりの里」以外の事業所においても谷中が袂を分かつ中でその団体の自立を認めていった事例が語られている。
また、谷中の文献と照合させると、自らへの反論も受けとめていったことが読み取れる語りもあった。以下はその語りと谷中の文献である。
ちょうどあの時僕の部下だった人で○○って人が○○市区町村かなんかに行って、//*: うん。//それで精神の話をこう報告したんだよね。(中略)そのときにとくとくと座長である谷中さんが//*: うん。//ケアマネジメント説きだしたわけ。(中略)いや、やどかりの真似はできないけどね。//*: うん。//行政の中であれだけのハートを持って//*: うんうん。//関わってくれたらものすごく嬉しいみたいなことが僕両方あったもんですから。//*: うん。//それから後ですよ。//*: うん。//谷中さんが○○施設に来たときに研修室に谷中さん!ちょっと!とか言って//*: うん。//呼びつけて、で、まぁ呼びつけれる立場じゃないんだけどね。//*: うーん。//今までの谷中さんどこに行ったの!?ってね。(中略)余計ややこしくややこしく専門だ専門だみたいに言ってるような感じを、どうしてもあのー英語の言葉が//*: うん。//そうしか思えない。(中略)//*: それは何年ぐらいの話でしたっけ。//だから、もう彼が多分この平成11年まで公衆衛生審議会やってますから。//*: はい。//あのーそれで○○が//*: はい。//もう○○ですから、それからちょっとあとくらいかもしれないよね。(ID-L)
生活支援という考えや方法も、ひたすら精神障害者の「ごくあたりまえの生活」の実現化と、「生活の豊かさ」を求めた結果でもあった。/精神障害者のノーマライゼーションと、クオリティ・オブ・ライフと行ってしまえば置き換えられるのであるが、どこか違う感じもするのである。多分、アメリカやヨーロッパにおける活動を、日本で実現化させることを目指してきたのではなく、日本の土壌の中で支援のあり方を模索してきたことにあるのであろう。(谷中輝雄, 2000谷中輝雄(2000)「生活支援形成過程について―やどかりの里における生活モデルの提示 福祉の立場から(1)―」『精神障害とリハビリテーション』4, 132-136., p. 132)
単なる外国のノーマライゼーションというものを日本的に移し変える作業ではなくて、どうやらこのあたりで日本的なまちづくり政策イコール福祉というようなことをもう少しどこか、総論的なことになるのかもしれませんが、少しそのあたりが大きな今回のポイントではなかろうかと感じている点が1点。(内閣府, 2002内閣府(2002)「『新しい障害者基本計画に関する懇談会』の開催について」(2021年8月17日閲覧)., 第6回議事録)(※外部サイト参照)
ちょうどこのID-Lの事例があったと考えられる時期以降より、谷中が執筆した文献や谷中が発言した会議の議事録において、海外の知見を日本の実践にそのまま当てはめることの反省がなされていっているのである。このことから、谷中はID-Lの反論を汲んで自らの考えを修正していったのではないかと考えられるのである。
しかしながらその一方で、谷中の他人の意見を否定しない態度がその意見と異なる立場の者にとっては否定的に映ることもあったという。以下はそのことが示された語りである。
何が出来るようになったら次何の段階です、//*: うーん。//次はデイホスピタルですというような段階論をやってるんですけども、あれをちょっと彼は使っていてですね。//*: うーん。//ええとこれ(『精神障害者地域生活支援センターの実際』)に書かれているのはですね、生活支援センターを作った時の中央法規から出した本。その中にええと最初は、谷中さんが書いてはいないけど谷中さんが監修しているので。(中略)その当時のその考え方を許しているというか。//*: うーん。//認めているというか。(中略)だから医学モデルは//*: うん。//保健もそうなんですけど、//*: うん。//そういう段階論を踏むことが非常に多いので、//*: うん。//で、そういうことでやってる限り//*: うん。//生活支援と言ってもそれは違う//*: うん。//のではないかと。(ID-Q)
このID-Qの事例からは、その人や団体の独自性を認めていく谷中の姿勢は諸刃の剣であったことが伺える。
これらのことより、「主体性を引き出す自由な環境づくりに目を向けた」という仮説を支える事例として【自立を認める】というコードが生成され、その裏側にある副作用についても考察することが出来た。