第二章 谷中輝雄はどのように精神科ソーシャルワーカーとしての価値を共有したか
第三節 インタビュー調査の結果(1/5)
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Ⅰ. はじめに
本調査を通し、①予備調査で生成された仮説の検証、②新たな仮説の生成、③研究の再構築という3点の成果を得ることが出来た。以下にそれらの成果の過程を、語りを整理した表を通して示すこととする。なお、語りの部分は桜井厚(2002桜井厚(2002)『インタビューの社会学―ライフストーリーの聞き方―』せりか書房., pp.177-180)を参考に、・は沈黙、ーは長音(各記号1つごとに1秒)、*は調査者、あいづちや笑いなど語りの間に挟まれた発語は//で挟んで示している。また、語り手のIDは表に示した語りの文末に記している。
Ⅱ. 予備調査で生成された仮説の検証
本調査の第1の成果は、予備調査で生成された仮説が9点のコードによって検証されたことである。以下にその検証過程を具体的に示すこととする。
1. 学習者のニーズ中心に学びの場を整えた
予備調査で生成された第1の仮説である「学習者のニーズ中心に学びの場を整えた」という仮説は、【引き出しが全国版】と【愛情故の先回り】という2点のコードにより検証された。以下にコード生成にあたり参考にした語りの部分と合わせてコーディングの過程を示していくこととする。
(1). 【引き出しが全国版】
以下は、【引き出しが全国版】というコードの根拠となった語りの部分である。
何せ印象深いのは、そのチーム医療がテーマだよねって話をしたときに、//*: うん。//チーム医療とか多職種連携興味あるならぜひこの病院見てきて、見てきなさいって言っていきなりあのー来週の日曜日空いてる?っていう感じで言われて、//*: うん。//んで空いてますよーって言ったらじゃあ富山行こうっていきなり言い出して。//*: あはははは(笑)。//ふふふ(笑)。土日で。富山ちょっと押さえとこうって。//*: 道内じゃないんですね。ははは(笑)。//そう。道内じゃないんですよ。(中略)わかりましたーって言ったら、その場で○○病院っていう//*: うん。あ、はい。//精神科で非常に有名な//*: うんうん。//病院にいきなり電話をして、再来週行くからーって。//*: ふふふ(笑)。//大学院生連れて。空けといてーって。(ID-R)
あのー確かに私たちの何をやりたいかっていうことを中心に、先生は、こういうことやりたいって言ったらじゃあこういう人知ってるから話を聞いてこいとか、//*: うん。//紹介してあげるよとか、//*: うん。//そういうのはすごかったですよ。(中略)谷中先生自身のネットワークがすごいので、え、そんな話聞けるんですかみたいな。(中略)他の人達は現場持ってて働きながら来ているので、現場があるので実践と学びっていうのを常にやってたけど、そうじゃない人たちもやどかりとかつくし(北海道の事業所)とかを提供しながら学びの場と実践を結び付けるようなことを援助して下さったんじゃないですかね。って感じがします。(ID-U)
やっぱり全国区の先生なので自分の名前とかそこで何かをこうやるんであれば自分が出来ることは協力するからあの使ってくれと。//*: うん。//っていうのもありますし、私たちがこういう事をしたいんだけどとかこういうことで悩んでいるんだけどとかこういうこと知りたいんだけどって言ったら、//*: うん。//もう本当に自分のネットワークを、本当に気軽に使ってえー連絡とってくれて。//*: うん。//で、いくよって引っ張っていかれて、とかね。私たちが修論やるときも、//*: うん。//修論で出かける先で、//*: うん。//じゃあそこ行ったことないからちょっと気になるから一緒に行こうって話でツアー組まれちゃったりとか。//*: ふふふ(笑)。//ふふふ(笑)。(ID-W)
本当にバーンアウトしそうになってもうやめるっていう人には、それ以上先生はそこで頑張れとは言わない。それで全国の他の人が足らない所に紹介して転職させる。そこがね彼のすごいところ。//*: へーーー。//私の記憶の中でも3名くらい、とんでもない、その、例えば、あのこれは例ですけど、沖縄から大阪に来たとか、あのー北海道からあのー中部の方に来たとか、そんな転職サポートまでします。(中略)成り立つんですけど、これが不思議なことに、人が出ていった方も歓迎して出すんですよ。要はもうバーンアウトして辞めそうだっていうのがわかってるので、辞めさせるよりも//*: うん。//本人のためにも谷中先生の紹介で他の組織で頑張った方が良いだろうといって、両方ウィンウィンで出ていって入ってるんですね。//*: へーーーー。//でそうやってその専門学校の、福祉の現場やってた人が専門学校の専任講師になって今現在までやってる先生もいますし、あのーその、そこのつなぎはとても素晴らしいよ。(ID-E)
これらの語りには、谷中が「やどかりの里」時代に築いた全国のネットワークを駆使してその人のニーズを中心に学びの場を整えていったことが示されている。例えば、ID-Rの語りからは、都道府県を越えて学生のテーマに適した学びの場に誘っていったこと、ID-Uの語りからは、経験の浅い学生のネットワークを補いながら実践と学びを結びつけていったこと、ID-Wの語りからは、その全国版のネットワークを気軽に学生に差し出していったことが示されている。また、ID-Eの語りによると、その全国版の引き出しは人事にも活用されていたという。これらのことより、「学習者のニーズ中心に学びの場を整えた」という仮説を支える事例として【引き出しが全国版】というコードが生成された。
(2). 【愛情故の先回り】
しかしながら、谷中はそうした豊富な資源を、学生に対する愛情や心配のあまり先走ってあてがってしまう場面もあったという。以下は、【愛情故の先回り】というコードの根拠となった語りの部分である。
なんかそこで一時帰国をしたときに谷中先生とお会いして東京でお酒を飲んだんですよね。(中略)そのとき谷中先生ねお酒一口も飲めなかったんですよ。あんなに大好きだったお酒が//*: うん。//一口も飲めずにいて、ああやっぱりお身体が悪いんだなってもうすごく実感したんです。//*: うん。//それであの後ろ髪引かれる思いで//*: うん。//まぁ帰国、帰国って言うかオーストラリアにまた戻って、//*: うんうん。//後一年後ぐらいに帰国することが決まっていたので、//*: うん。//先生来年また戻ってきますから//*: うん。//って言って谷中先生と。それがまぁ結果的には最後の別れになってしまったんですよね。(中略)シドニーにいる自分に電話がかかって来て、//*: うん。//Rくんそろそろ確か帰国だったよねって。はいって言ったら。いきなりまた就職先もう僕考えたからっていきなり言うんですよね。(中略)僕君を教員のポストで用意してあるからって//*: あはははは(笑)。//いきなりなんですよ。ましてや教員なんて僕向いてないので現場でワーカーとしてまだやっていきますからいいですってくらい//*: うーーん。//本当に気にかけてくれて。自分の将来とか//*: うん。//就職先まで//*: うん。//斡旋することを。まぁちょっと早とちりなところはありますけども。//*: ふふふふ(笑)。//そこまでしてくれてて。(ID-R)
谷中先生がX大にいるころは結構みんなすぐ精神に回したがっていて。//*: へーーー、ふふふふふ(笑)。//主体よりかはとにかく精神に来いなんとかするからって。//*: あはははは(笑)。そうなんですか。ふふふ(笑)。//そんな感じで、でもちょっとそういうところありますよね。俺の言うこと聞いとけばいいからみたいな、//*: ふふふ(笑)。//ちょっとそういうこともあるので。//*: ふふふ(笑)。//だった気がする。(中略)・・・あのときはただPの、1年生の子たちはPの4年、Pの一期生になるってことはわかってただろうからそういうつもりで養成してたのかなって後で分かって思います。(中略)精神保健福祉士を国家資格化するのに厚労省のこう行ってたりしたときに、そっかそういうことを経て特に1年目、1年目の子たちが出てくるから、Pの、Pの一回目の子たちが出てくるからで結構思い入れはあったんだろうなと後から思いましたね。//*: ふーーーん。//だからずっとやっぱり受けろ受けろって。資格取れ取れ取れって言ったのかなって。(ID-X)
これらの語りには、谷中が学習者のニーズを先回りして学びの場をあてがってしまう場面もあったことが示されている。しかしながら、ID-Rの語り手は、谷中が余命わずかな中で自らの将来を気遣ってくれたことを、ID-Xの語り手は、谷中の精神保健福祉士の資格化における苦労を経た思い入れを、どちらもその背景にある谷中の想いをくみ取りながら各事例を語っていた。これらのことからは、「学習者のニーズ中心に学びの場を整えた」という仮説の反証事例として【愛情故の先回り】というコードが生成された。