第二章 谷中輝雄はどのように精神科ソーシャルワーカーとしての価値を共有したか
第二節 インタビュー調査の構成
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Ⅰ. 本節の目的
前節における予備調査の結果、本章の「谷中はどのように精神科ソーシャルワーカーとしての価値を共有したか」というリサーチクエスチョンの仮説として、①学習者のニーズ中心に学びの場を整えた、②主体性を引き出す自由な環境づくりに目を向けた、③精神障害のある人や他の支援者と学びあう構造を持っていたという3点が生成された。
本節では、これらの仮説をインタビュー調査により検証及び補足し、今後の精神保健医療福祉に取り組む人々の学び合いの未来像を展望することを目的とする。
Ⅱ. 本節の研究方法
本節におけるインタビュー調査は、谷中と関わりを持った経験がある25名の調査協力者に半構造化面接を行うことにより実施した。インタビューは、2017年10月26日から2017年12月17日の間に行った。インタビューの内容は調査協力者の了解を得た上でICレコーダーを用いて録音し、桜井厚(2002桜井厚(2002)『インタビューの社会学―ライフストーリーの聞き方―』せりか書房., pp.177-180)を参考に逐語録を作成した。分析の方法は、佐藤郁哉(2006)佐藤郁哉(2006)『定性データ分析入門―QDA ソフトウェア・マニュアル―』新曜社.を参考にMAXQDA2018を活用した定性的コーディングにより行った。
インタビューガイドは、調査時点での文献調査による知見と前節における予備調査で生成された仮説をもとに3種類作成した。以下インタビューガイド①は学生時代の谷中を知っている研究協力者に対して、インタビューガイド②はそれ以外の研究協力者に対して、インタビューガイド③は全ての研究協力者に対して適用した。対話の流れに沿って質問を追加、または省略する場面もあった。
【インタビューガイド①】
①精神障害のある方への支援について、当時谷中さんはどのように語られていましたか。
②学生時代の谷中さんに影響を与えた人物はどなたであったと考えますか。何故そう考えますか。【インタビューガイド②】
①あなたと谷中さんとの出会いはどのようなものでしたか。
②谷中さんが行った精神科ソーシャルワーカー育成の上で印象的なエピソードがあれば教えてください。
③反対に、谷中さんが精神科ソーシャルワーカーとして周りから影響を受けたと思われるエピソードがあれば教えてください。【インタビューガイド③】
①最後に、私は文献調査の結果、精神障害がある人への支援の中で谷中輝雄の価値は以下4点の要因に影響を受けたのではないかと考えました。i. 谷中輝雄の精神障害のある人や他の支援者から学ぶ姿勢
ii. 精神障害のある人や支援者の声が発信されやすい環境
iii. 精神障害のある人が長らく生活者ではなく病者として捉えられてきた精神保健福祉制度の中で、実践を示す必要性があったこと
iv. 60年安保の学生運動など、思想の行動化が流行した時代また、谷中輝雄が行った人材育成の工夫は以下3点であると考えました。
i. 学習者のニーズ中心に学びの場を整えた。
ii. 主体性を引き出す自由な環境づくりに目を向けた。
iii. 精神障害のある人や他の支援者と学びあう構造を持っていた。これらの考えに対して、同意する意見、異なる意見、また補足が必要な点があれば教えてください。
②他に、谷中さんについて印象的なエピソードがあれば教えてください。
調査協力者の内訳は、大学や「やどかりの里」、及びP協会を通して1970年代及びそれ以前に谷中と出会った者11名(ID-A, B, C, G, J, K, L, M, N, Q, Z)、「やどかりの里」や「やどかりセミナー」を通して1980-1990年代前半に出会った者8名(ID-D, F, H, I, O, T, U, V)、1997年以降に学生やその他の形で出会った者6名(ID-E, P, R, S, W, X)である。なお、個人が特定されることを避けるため、本調査結果においては、分析に関連しない調査協力者の地域性や具体的な立場は伏せて記述することとした。また、Y問題当事者不在で医療が行われたYさんによって提起された問題のこと。のYさんと重なるため、25番目の語り手はID-YではなくID-Zと表記することとした。
調査協力者の募集は、調査を進めていく上で随時調査協力者に新しい調査協力者の紹介を受ける形で行った。具体的には、ID-G, I, O, Pの語り手は、調査者が学会活動を通して出会い、改めて本調査を依頼した。その上で、ID-Oの語り手からはID-Dの語り手の、ID-Pの語り手からはID-R, S, U, Wの語り手の紹介を受け、ID-Uの語り手からはID-Vの語り手の紹介を受けた。また、指導教員を通して調査者がID-Nの語り手と出会い、ID-Nの語り手からはID-A, C, E, F, H, L, M, Q, Xの語り手の紹介を受け、ID-Aの語り手からはID-Jの語り手の、ID-E, Fの語り手からはID-Zの語り手の紹介を受けた。なお、ID-Bの語り手には所属先のフォームより調査を依頼した。ID-Tの語り手にも所属先のメールアドレスより調査を依頼した。ID-Kの語り手には「やどかりの里」を通して調査を依頼した。以下図6は調査依頼の過程を図に示したものである。
図6 調査依頼の過程
なお、本調査では、「やどかりの里」に調査時点で所属している者に対してのインタビューは実施しなかった。何故なら、調査を進める中で、谷中が「やどかりの里」を離れた経緯が当事組織である「やどかりの里」にとっては自己否定的な側面で捉えられている可能性が高いと推測したからである。このため、「やどかりの里」に調査時点で所属している者に対して当時の出来事を掘り起こす本調査を行うことは倫理的なリスクが高いと考えられ、本調査協力の依頼を「やどかりの里」からある程度の距離を保っている人物に限定して行うこととした。そして、外部の視点から当時の出来事を捉え直すことにより、当時の出来事の肯定的な意味を探索することを目指したのである。なお、「やどかりの里」より紹介を受けたID-Kの語り手には、大学時代における谷中の仲間という立場として調査を依頼した。
逐語録の作成に桜井(2002桜井厚(2002)『インタビューの社会学―ライフストーリーの聞き方―』せりか書房., pp. 177-180)を参考にした理由は、本調査においては桜井(2002)による2つの知見を採用しているからである。
本調査が採用した桜井(2002)による第1の知見は、インタビューが「語り手とインタビュアーとの相互行為を通して構築されるもの」という知見である。このため桜井(2002)は、逐語録に関しても「語り手の語りだけでなくインタビュアーの質問やあいづちなどの応答ももれなく記載する必要がある。」ことを推奨している。(桜井厚, 2002桜井厚(2002)『インタビューの社会学―ライフストーリーの聞き方―』せりか書房., p. 28)
本調査が採用した桜井(2002)による第2の知見は、調査の信頼性に代わる透明性という知見である。桜井(2002)は、これまで質的調査における調査の信頼性の疑問に対して以下のように答えている。
インタビューの一般的なガイドラインは作ることができても、二人がまったくおなじインタビューをすることはありえないと考えるべきだろう。トランスクリプションの仕方や、それぞれの専門性や理論的な立場によって分析や解釈も異なることがあるだろう。(中略)では、技法を客観化することを意味したこれまでの信頼性に代わる基準としては、何が考えられるだろうか。すぐに思いつくのは、データ収集から分析にいたる基礎的な過程をあきらかにしていくことであろう。つまり、手続きの「透明性」があげられる。語り手の選択、インタビュー・プロセスの記録、トランスクリプト、カテゴリーの抽出、分類の仕方など、調査過程を読み手にわかるようにあきらかにすることが、まず求められるだろう。それぞれの調査者の技法をおなじにするのではなく、むしろ違うことを積極的に認めて、その違いや特質が明確に他者に理解されることが重要なのである。(桜井厚, 2002桜井厚(2002)『インタビューの社会学―ライフストーリーの聞き方―』せりか書房., p. 39)
これらの桜井(2002)の知見より、本研究においては桜井(2002, pp. 177-180)を参考に逐語録を作成することとした。なお、これらの桜井(2002)の知見は、「すべてのデータは記録・収集の段階で、すでに第一段階の分析(解釈)の手が加えられているのだと言える。」という佐藤郁哉(2006佐藤郁哉(2006)『定性データ分析入門―QDA ソフトウェア・マニュアル―』新曜社., p. 186)の問題提起にも応答している。何故なら、この問題の対応として推奨される「データそのものが、どのような意識的なあるいは暗黙のうちの仮定や前提のもとに記録・収集され、またどのような視点にもとづいて取捨選択されたものであるか、という点を常に考慮に入れておく必要がある」という佐藤(2006佐藤郁哉(2006)『定性データ分析入門―QDA ソフトウェア・マニュアル―』新曜社., p. 186)の方法と桜井(2002)が提唱する調査の透明性という知見は合致するからである。
また、佐藤(2006佐藤郁哉(2006)『定性データ分析入門―QDA ソフトウェア・マニュアル―』新曜社., pp. 186-190)はこの他にも、質的調査分析の代表であるグラウンデッド・セオリー・アプローチの本質的な問題として①オリジナル文脈の軽視、②「現場発の理論」の効用と限界、③研究対象の範囲という問題点を取り上げ、その解決案としてQDAソフトウェアの有効性を以下のように示している。
①オリジナル文脈の軽視
【問題の内容】
グラウンデッド・セオリー・アプローチには、そうしていったんセグメント化された文書データは、そのデータが埋め込まれていたもともとの文脈とはほぼ完全に切り離して検討することができるだけなく、理論モデルを構築していく際にも自由自在に組み合わせて使うことができる一種のパーツのようなものとしてとらえる傾向がある。(pp. 186-87)
【問題に対するQDAソフトウェアの有効性】
QDAソフトウェアではセグメントが埋め込まれていた元の文脈を参照することが比較的容易に、かつ迅速にできるような機能が組み込まれている。(p. 187)
②「現場発の理論」の効用と限界
【問題の内容】
グラウンデッド・セオリー・アプローチに関する解説書で紹介されている分析手続きの多くは、人と人とが互いに顔の見える範囲でおこなうミクロ・レベルの社会過程に関わるものが中心となっていた。(p. 190)
【問題に対するQDAソフトウェアの有効性】
ツリー構造形式の分析モデルを最初に仮説的な枠組みとして作っておいて、実際のデータとつき合わせながらそれを修正していく、というような分析のやり方が、有効なこともありうるのである。(p. 189)
③研究対象の範囲
【問題の内容】
グラウンデッド・セオリー・アプローチに関する解説書で紹介されている分析手続きの多くは、人と人とが互いに顔の見える範囲でおこなうミクロ・レベルの社会過程に関わるものが中心となっていた。(p. 190)
【問題に対するQDAソフトウェアの有効性】
QDAソフトウェアは、このアプローチのアイデアをかなり取り入れて設計されているものであるが、これまで見てきたように、マクロ・レベルの社会現象――たとえば、さまざまな業界の再編とその背景に関わる問題――の分析についても十分に適用可能なものである。(p. 190)
もちろん、「オリジナル文脈の軽視」という問題に関しては、木下康仁(2014)木下康仁(2014)『グラウンデッド・セオリー論』弘文堂.もM-GTAの中で「分析焦点者の視点」を取り入れることで解決を目指している(pp.141-43)。しかしながら、本調査は調査前に参考文献が豊富にあったため事前に明確な仮説が出来上がっていたこと、そのため仮説検証という演繹型の調査デザインを前提としたことから、演繹型の調査デザインにも活用できる佐藤(2006)の知見を参考にMAXQDA2018を活用した。
Ⅲ. 本調査における倫理的配慮
本調査は、早稲田大学の人を対象とする研究に関する倫理審査委員会の承認を得て実施された【承認番号: 2017-195】。