第一章 谷中輝雄はどのように精神科ソーシャルワーカーとしての価値を形成したか
第三節 「健康な部分」と「生活のしづらさ」の形成過程(3/3)

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Ⅶ. 考察

本節における「健康な部分」と「生活のしづらさ」という考えの形成過程分析結果からは、ストレングス視点の実践を支える要素には多様な人々との関わりという環境の他に、他の支援者の良い実践や精神障害のある当事者の力から学ぶ支援者自身の姿勢も重要となることが示唆された。このことからはストレングス視点に基づいた実践の実現に当たっては、その実践を駆動させる支援者自身のストレングスにも着目する可能性が展望できる。

ラップ&ゴスチャ(2012/2014)ラップ, A, チャールズ&ゴスチャ, J, リチャード(Rapp, C, A. & Goscha, R, J.)(2014)『ストレングスモデル―リカバリー志向の精神保健福祉サービス―【第4版】』(田中英樹監訳)金剛出版(原著は2012).によると、人には必ず「性質/性格」、「技能/才能」、「環境のストレングス」、「関心/熱望」の4つのストレングスがあり、特に「関心/熱望」のストレングスは「目標の達成に役立つ最も重要なものの一つとなりうる」という(pp.130-135)。本節の研究結果を踏まえてこのことを考察すると、ストレングス視点に基づいた実践を進める支援者自身にも、その理念を志向する「性質/性格」や実現させる「技能/才能」、協働する仲間たちという「環境のストレングス」等があり、最もその実践を駆動させるものは「良い実践がしたい」という支援者の「関心/熱望」であると考えることが出来る。

この上で、近年のストレングス視点に基づいた実践において示唆深いのは、Appreciative inquiry(理解的な問いかけ)の試みである。それは「ヒューマン・システム(human system: 人間が作り出すシステム)が最善の状態で機能しているとき、それに生命を吹き込んでいるものは何か」(ホイットニー&トロステンブルーム, 2003/2016ダイアナ・ホイットニー&アマンダ・トロステンブルーム(Diana, W. & Amanda, T.)(2016)『ポジティブ・チェンジ―主体性と組織力を高めるAI―』(ヒューマンバリュー訳)ヒューマンバリュー(原著は2003)., p.18)について探索をする方法であり、言わば組織のストレングスに着目する方法である。この方法は、現在Signs of Safety Approachというストレングス視点に基づいた児童福祉実践におけるスーパービジョンの場で活用されている。具体的には、「最近の仕事のなかで、ちょっとここは頑張ったなと思えていることをひとつ教えてください」などの「引き出す質問」、「今お話してくださった中で、ここが一番がんばったな(良かったな)と感じてるところはどこの部分ですか」などの「ふくらませる質問」、「あなたが関わったその人は、どういうところが良かったとおっしゃると思いますか」などの「意味を教わる質問」で構成された質問技法となる。(菱川愛・渡邉直・鈴木浩之, 2017菱川愛・渡邉直・鈴木浩之(2017)『子ども虐待対応におけるサインズ・オブ・セーフティ・アプローチ実践ガイド―子どもの安全を家族とつくる道すじ―』明石書店., p.125)

第2節では、「ごく当たり前の生活」という考えの形成過程分析より多様性を持つ集団からの学びを活用した省察の可能性が展望されたが、本節の「健康な部分」と「生活のしづらさ」という考えの形成過程分析からは、その仕組みを活用する上で支援者のストレングスに着目することの有効性が考察された。また、多領域で学際的に検討が進められているストレングス視点に基づいた実践から谷中の実践を捉えた本節の研究は、「ごく当たり前の生活」という考えの限界として前提した「障害の有無を越えた人そのものの成長・成熟につながる要素を明らかにする」という課題への一つの取り組みとなったと考えられる。その上で、今後の研究の課題としては、ストレングス視点に基づいた実践を促進させる支援者のストレングスに着目する研究が進められる必要があると考えられる。

Ⅷ. 本節の結論

本節における「健康な部分」と「生活のしづらさ」という考えの形成過程分析の結果、ストレングス視点に基づいた実践を支える要素には多様な人々との関わりという環境の他に、他の支援者の良い実践や精神障害のある当事者の力から学ぶ支援者自身の姿勢も重要となることが示唆された。このことから、ストレングス視点に基づいた実践の実現に当たっては、その実践を駆動させる支援者自身のストレングスにも着目する可能性が展望できた。