第一章 谷中輝雄はどのように精神科ソーシャルワーカーとしての価値を形成したか
第一節 はじめに
Ⅰ. 本章の目的
本章の目的は、谷中の精神科ソーシャルワーカーとしての価値がどのように形成されたかを明らかにすることである。
Ⅱ. 本章の研究方法
本章の研究方法は文献調査により行った。対象は、1970年から谷中が逝去した2012年までに谷中が執筆及び発言した284の文献とした。
分析は2段階で行った。第1段階では、284の文献の中から谷中の精神科ソーシャルワークにおける価値を示した重要概念を選定した。重要概念の選定にあたっては、「定義や形成過程に独自性があるか」という基準を置き、その上で頻出度の高さを考慮した。第2段階では、第1段階で選定された重要概念ごとにその形成過程を時代背景と合わせて考察した。
Ⅲ. 本章における倫理的配慮
本章における文献調査は、早稲田大学の研究倫理教育を受講し、憲章及びガイドラインを遵守して行った。
Ⅳ. 第1段階分析の結果
第1段階分析の結果、「ごく当たり前の生活」、「いこいの家」、「生活のしづらさ」、「健康な部分」という4つの重要概念が選定された。
精神障害のある人を「健康な部分」と「生活のしづらさ」を持つ生活者として捉え、地域で「ごく当たり前の生活」を営む権利があり、その権利の実現のためには「いこいの家」のような居場所が必要となるという谷中の考えは、精神障害のある人が病者としてのみ捉えられ、医療的な管理の下でなければ不幸になると考えられていた当時においてはセンセーショナルなものであった。また、これら4つの重要概念は、谷中が実践の中で精神障害のある当事者や他の支援者と共に形成した概念であった。この定義と形成過程の独自性より、これら4つの重要概念が選定された。
なお、これら4つの重要概念は頻出度も高く、284の文献のうち「ごく当たり前の生活」という概念は133の文献に、「いこいの家」という概念は104の文献に、「生活のしづらさ」という概念は81の文献に、「健康な部分」という概念は59の文献に出現していた。以下表2-5は、各重要概念の頻出度を年代ごとに表したものである。
Ⅴ. 第1段階分析の考察
第1段階分析で選定された4つの重要概念は、現代のソーシャルワークにおいて主要となるノーマライゼーションやストレングスモデル、及びソーシャルアクションの考えと親和性を持つ。よって、これら4つの重要概念の形成過程をたどることは、現代において精神科ソーシャルワーカーとしての主要な価値がどのように形成されるかを展望するうえでの一助となると考えられる。
次節より、概念ごとに第2段階分析の結果を示すこととする。